O社の建築士との打ち合わせを終えた私達夫婦は、高額な手付金と仲介手数料を払ったとしても、解約するしかないと決意しました。
最後の話し合い
不動産仲介業者O社の優男課長に電話して伝えると「現地をもう一度見てほしい」とのこと。実は私の買った土地は同じ区画を3つに区切って販売しており、その内の2区画は土地として、1区画は最初から戸建を建てて販売していました。
私の買った土地の隣には、既に戸建が建っていました。どちらも立地環境が似ており、西側が月極駐車場のため、家が建っていない=抜けているのはメリットなのでしょう。
「ぜひ抜け感を実地で体験して欲しい」
とのこと。最終的に解約するにせよ、先方には迷惑をかけることになるので、会って話をしないといけない。そう思い、現地で会うことにしました。
しかし現地で抜け感を確認しても、やはり気持ちは変わりません。そこで改めて解約の意思を伝えました。
「解約されると、我々は仲介手数料を頂いた上で、改めて他の方に販売できるので、損をしません。実際、この物件は人気がありすぐに売れると思います。だから弊社は別に解約されても構わないのですが、良い物件だと思うので、改めて考え直されてはいかがでしょう」
優男課長は実に落ち着いた感じでした。意外でした。もう少し翻意を促すような物言いをされるかと警戒していたのです。
もしかしたら、本当に心底、親切心から出た言葉だった可能性もあります。
でもすぐに「これもマニュアル通りの対応なのかな」と思ってしまいました。解約しないでください、と引き止められると、逆に逃げたくなる。素っ気なく突き放されたほうが、返って戻りたくなるのかもしれません。押してダメなら引いてみな。心理学を巧みに使った交渉術なのではないか。
これまでの経緯から、O社の対応はとてもよく準備がされていると感じていました。契約にまつわるやりとりも、用意周到で、怖くなるほどです。そういえば、複数の物件を下見するために、車に乗せてもらい、移動する最中にも、しょっちゅう車の外に出ては、誰かに電話をしにいくのが気になっていました。
「上司と作戦でもたてているのかね。なんか怪しいんだよなー」
妻ともよくそう話していたのです。
O社は日本の不動産業界においてまさに右肩上がりの成長を続けています。同社の評判をネットで検索すると、ドラスティックな成果主義をその社風としているようです。若くても成果を出せば昇進し給料が上がる。やる気のある社員は昼夜・休日を問わずモーレツに働く。
「ブラックコーヒーも、だんだん癖になるだろ」
同社の社長の言葉だそうです。
私の会った従業員の方はどなたも若いけど、しっかり教育されていると感心しました。礼儀正しく、おおむね誠実であったと思います。ただ、その背中には「強烈な成果への欲望」が透けて見える。「目の前の顧客の幸せを考える」よりも「成果をあげる」ことへの思いを強く感じるのです。熱心な営業活動に違和感を感じるのも同じ理由からかもしれません。
結局、O社への信頼感がなくなった時点で、もう元に戻ることはできなかったのです。
3ヶ月近く、夜も眠れず、朝起きては溜息をつく苦しい生活は、ようやく終わりを迎えたのでした。
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