2015年、英国ブライトンでラグビー日本代表が南アフリカを破った。魔法の物語を得意とする作家、ハリーポッター原作者、J.K.ローリングはつぶやいた。
「You couldn’t write this…」(こんなの書けないわ」)
スポーツに筋はない。闘う者が誇りをぶつけると、接点から物語が紡ぎだされる。点が入り、勝敗を意識すると、一方に欲望と臆病、他方に恐怖と勇敢が芽生える。攻守のバランスが崩れて形勢が逆転する。感情がシーソーのように行ったり来たりしながら、複雑な勝負の軌跡を生み出すのだ…
10月26日、川崎と札幌のルヴァン・カップ決勝もまた、記憶に刻まれる味わい深い軌跡を描いた。
札幌は奇襲に成功した。
札幌は奇襲に成功した。10分、右からのクロスを菅が叩きこんで先制する。
しかしその後は、もっぱら川崎が攻める展開となる。川崎は10番、甘いマスクの大島を起点に、ゴール前を固める札幌を焦らすようにパスを回す。時折、危険なところにパスを差し込み強引に侵入を試みるが、再三の決定機はポストやバーに阻まれる。
札幌もゴール前の大事なエリアを固めつつ、球を奪えば前線のジェイやチャナティップを使い、鋭く反撃を試みる。前半のボール支配率(川崎63%対札幌37%)は、概ねこの日の展開を映していた。
前半終了間際、コーナーキックから川崎が追いつく(1-1)と、後半も拮抗した展開が続く。しかし終盤、スコアがシーソーのように動き出す。
88分、川崎は途中出場の小林が、左からのクロスをお手本のように胸で落とし、落ち着いてゴール右に叩き込む。
「終わった」。追加タイム5分が過ぎ、赤黒のサポーターが荷物をつかんで席を立ちはじめたその時、ラストプレイとなるコーナーキックを札幌・深井がヘディングでゴール左下に突き刺す。2-2。水色のユニフォームが緑の芝に倒れこむ。
シーソーはまだまだ止まらない。
シーソーはまだまだ止まらない。
延長前半、川崎ゴール前で得た直接フリーキックを福森が鮮やかにゴール左上に突き刺せば、1人退場で10人となった川崎も、延長後半にコーナーキックから再度小林が決め返す。3-3。
PK戦。ここでも札幌が先手を取る。川崎は4人目車屋が失敗。札幌は5人目のキッカー、石川が決めれば初優勝だ。
この土壇場で川崎のキーパー、新井が躍動する。石川のシュートを冷静に見切り、右へ飛んでパンチング。サドンデスに入り、川崎がまず決めると、重圧という名の天秤はじわりと追い込まれたのは札幌だった。最後のキックは魅入られたように力なく放たれ、新井の腹にすっぽりと収まった。シーソーがコトリと止まった瞬間、スタジアムの半分を埋める水色は爆発し、赤黒が沈黙した。
既視感を覚えた。川崎もかつて、手にしかけた優勝カップを掴みきれない時期が続いた。しかし、2017年にJリーグを初制覇すると、翌年も連覇、そしてルヴァンカップを制した。激闘の記憶と悔いの感情は札幌の血肉となって刻まれる。将来、手をかけたカップを奪われそうになっても手を離さず、奪いきる力になるはずだ。
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